しくじりおやじと学び〜人生を少しでもよりよく生きるために〜

40代のしくじり中年男が伝えたい、人生との向き合い方、学びの大切さ

悩みのレベルは人それぞれ違う

こんにちは。

しくじりおやじです。

 

誰しも悩みはあると思います。

悩みのない人はそうそういないでしょう。

 

ですが、その悩みが深くなるほど、共有することはとても難しくなると思います。

みなさんも自分の悩みを人に話したけど聞き入れてもらえなかったとか、

役に立たないアドバイスをもらってがっかりした、

などという経験はありませんか?

 

悩みを共有することが難しいと思う理由は、

・所詮他人のことだから

・相手の悩みを理解できないから

・共感できない悩みだから

・悩みを聞くのは面倒だから

など色々と考えられます。

 

また、人によっては相手の悩みに真剣に応えようとするあまり、

かえって疲れてしまったり、あるいは、悩みを打ち明けたら、

相談相手に説教されたり、批判や反論をされたりといった経験はありませんか?

 

これではお互いにいい思いがしませんし、

相手に対して否定的印象をもつことにもなりかねません。

 

私のように低所得で独身者の場合、例えばお金持ちや会社社長、

あるいは子を持つお母さんの悩みに応じることはできません。

逆に、そういった人たちが生活困窮者や引きこもり、

独身者などの悩みに応じることはできないとも思います。

 

悩みは悩みでも、双方の生活レベルや意識レベルがあまりに違っていると、

ずれた見解しか生まれないからだと考えます。

だから、家族でさえもすれ違いやズレが普通に生じてしまうのです。

 

そこに、アドバイスという余計なお節介が介入すると、

アドバイスをした側は良かれと思っていても、

アドバイスを受けた側は往々にしてがっかりさせられることが多くなります。

 

昨年カウンセリングの勉強をしましたが、そこで学んだことは、

わかったふりをしてアドバイスをするなど

決してやってはいけないということです。

 

それは相手を納得させるよりもむしろ、

困惑させたり立腹させたりすることになりかねません。

 

仮に私が、自分とはずいぶん立場の異なる人の悩みを

聞かなければならない場合にできることは、

ただ話を「聴く」ことだけだと思います。

 

そこで何かアドバイスをしようとしたらどうなるでしょう。

おそらく、ずれた見解に基づいた意見しか言えず、

相手も困惑することになるでしょう。

聞いてもらわない方が良かったと思われるかもしれません。

あと、元気付けようとやたらに励ますこともかえって

逆効果となる場合がありますので、注意が必要です。

 

それでは同レベルの人に話せば良いのかいうと、

それもうまくいく保証はありません。

なぜなら、やはり聞く力が備わっていない可能性があるからです。

 

それでは、誰に話せばいいんだとなりますが、

本当に深い悩みであれば、聞く力を備えた

専門家レベルの人間こそふさわしいと思います。

 

いわゆるカウンセリングを勉強した初級レベルの人から、

仕事で請け負っている上級レベルのプロフェッショナルな

カウンセラーまでいますが、当然レベルが高くなるほど、

聞く力の幅が広く、深い悩みに応じることができます。

 

悩みに応じるには、聞く人の能力が問われてしまうのです。

 

それではまた。

 

 

 

 

 

 

 

派遣労働について

こんにちは。

しくじりおやじです。

 

2017年7月現在、登録型の常勤派遣社員として働いています。

 

登録型の派遣労働をご存知でない方のために簡単に説明しますと、

私の場合は半年間の雇用契約を派遣会社(派遣元)と結び、

その間の雇用が保証されるという仕組みです。

労働者がその後の契約更新を希望して、それが認められると

もう半年間は就労することができます。

 

仕事の内容や派遣会社によっては契約期間が3ヶ月だったり、

短ければ1ヶ月だったりなどそれぞれのようですが、

いずれにしてもその都度、契約更新が必要となります。

派遣労働者が派遣会社と結ぶ業務契約は最長でも3年間となります。

 

その後、同じ派遣会社での就労を希望する場合には、

再度契約を締結して同じ職場内で別の業務に就くか、

あるいは別の会社で働くなどの選択もできますが、あくまで労働者の任意となります。

ただし、こうした再契約の留意点として、その後の雇用が

保証されている場合でないと契約はできず、

場合によっては最初の業務契約の終了とともに契約満了となります。

 

 私は年内の契約で期間満了となるので、

そこで派遣会社との契約を終了する予定です。

 

派遣労働者として仕事をしてみて感じたことは、

世間が言うほどに悪い働き方ではなかったですが、

されど決して良い訳でもない、というのが正直なところです。

 

良い点

・上司からのプレッシャーが少ない

・会社の行事に無理して参加する必要がない

・無理して残業をする必要がない

・残業代がきちんと出る(サービス残業がない)

・嫌な職場や仕事でも、契約更新を希望しなければ期間満了となり、自己都合退職とはならない

 

良い点としては、派遣は総じて仕事がしやすいと言えます。

ただし、これらは実際に働く仕事場(派遣先)によりますので、一概には言えません。

かつて短期でやった派遣では、きっちりと残業は要求されましたが、

もちろんその分の時給は発生します。

 

良くない点

・交通費が支給されないので自腹となる

・正社員や契約社員と比べて、同じ業務に就いても時給が安い

派遣労働者は組織においてよそ者扱いとなり、同じ待遇が受けられないことがある

・契約期間が3年なので短い

・職場で評価を得られても昇給が難しい

 

良くない点としては、やはり給与面での格差が顕著だと言えます。

また、契約期間が短いことで、働きやすい職場だとしても3年で

一区切りとなることも考慮すべき点だと言えます。

ただし、交通費が支給される場合もあるようですので、

これまた一概には言えないようです。

 

最近では同一労働同一賃金や働きやすさ改革が注目されていますが、

私の実感としては、こうした制度改革はまだまだ時間がかかると思います。

 

国が提唱した制度というのは民間に浸透するまでに

それなりの時間を要するでしょうし、また、

会社によってはルールを無視して事業を行うということは

十分に考えられます。

 

自分の身は自分で守るという言葉通り、

仕事というのはとにもかくにも最初の契約こそ肝心です。

ここでどういう契約を結ぶかで、その後の仕事人生は良くも悪くもなります。

 

仕事でしくじらないためには、まずはどういう働き方をするにせよ、

最初の契約でしくじらないことが非常に大切だと言えます。

私が学んだこととして、雇用契約の段階で怪しいと思えることがあれば、

きちんと問いただすことこそが我が身を守ることにつながります。

 

そのためには口約束ではなく書類を取り交わすこと、

きちんと契約書を読むこと、

疑問点やわからないことがあればきちんと問いただすこと、

こうしたことがその場で取れるベストの対策となります。

 

それではまた。

 

生きるべきか死ぬべきか再考

こんにちは。

しくじりおやじです。

 

たまに以下のような質問を見ることがあります。

 

「人はなぜ自殺してはいけないんですか?」

 

私も以前は上記の疑問を抱いていました。

 

死んでしまえば、あるはずの命の尊さや遺族の哀しみなど、

そのダメージは計り知れません。

特に、残された方々の苦しみを考えると、やはり、

自死は慎むべきだと考えます。

 

それでも追い詰められた末の死や、衝動的に行われる死、

そういったものは依然として年間何万件も起きています。

それが日本の現実です。

 

そして、私は現在このように考えます。

 

「人はなぜ自殺しなければならないんだろう?」

 

最近、ネガティブなイメージがつきまとう自殺ではなく、

ポジティブな形での死というものは、果たしてあるのだろうかと

思うようになりました。

ですが、全く答えは出ません。

 

ですから、死ぬということに、もっと徹底的に向き合いたいと思います。

それこそ一生をかけて問うていきたい難題です。

 

自ら死を選ぶということの代わりに、

自ら死ぬ必然性なるものについて、一生をかけて問うてゆくのです。

 

そうした状態こそが、

結局は死を遠ざけてくれるのかもしれません。

死ぬことがやがて馬鹿馬鹿しくなるかもしれません。

 

徹底的に向き合い、とことん生と死について思考しましょう。

せっかく生まれてきたのですから。

ですが、まずは心のケアこそ第一に優先しましょう。

考えるのはその後でも遅くありません。

 

そのためには、どうか早まらないでください。

見ず知らずのしくじりおやじからの一生のお願いです。

 

 

 

早くに人生の航路を決める潔さ

こんばんは。

しくじりおやじです。

 

今日はプロボクシングの世界戦がありました。

テレビで観ていましたが、打ち合い凄まじく実に迫力がありました。

結果、2人の日本人はどちらも勝利しました。

とてもおめでたいことです。

 

試合の内容もさることながら、私が驚くのは選手の若さです。

今日、見事に新王座を獲得した京口選手は若干23歳です。

世間でいえば大学新卒の年齢なので、これから社会人として

活躍していこうという年頃です。

 

ところがその若さで世界一の選手になるボクシング、

ひいてはスポーツのスピード感にはただただ驚きます。

スポーツの世界で30歳といえばベテランに近い域、

40歳といえば大ベテラン、もしくは引退していてもおかしくありません。

 

選手たちは幼い頃からスポーツ一筋で、遊ぶ暇もなくひたすら

スポーツに打ち込んでいきます。誰よりも強くなることを目指して。

そして、極めて優秀な選手は他の選手よりも抜きん出ていき、

その競技での一位、あるいはプロを目指すことになるのでしょう。

競技人生でいえば20〜30年といったところでしょうか。

スポーツという弱肉強食、優勝劣敗の世界でわずかな

勝ち組がいるその背後に、多数の敗者がいます。

しかし、ある意味で極めて凝縮された人生です。

だからこそ人を魅了するのでしょうね。

 

私の人生を振り返れば、この40数年間は

何事においてもとても中途半端だったと思わざるを得ません。

本気で何かをやり遂げたことなどあっただろうか。

いつも途中で諦めてしまっていたような気がします。

そしてずるずると生きてきた結果が、今に至っているのでしょう。

 

これ、他の誰でもなく、自分で選んだ結果なんです。

人生いろいろありますが、

己の人生を人のせいにして生きることはできませんし、

仮にそう思っていたとしても、それはそれで生きづらさを

招くだけのような気もします。

(ただし事故や犯罪に巻き込まれたというような例を除きます)

 

スポーツ選手は引退後の第2の人生を通常の人間よりも早くに迫られます。

その時スポーツ選手がどんな心境なのかは知る由もありませんが、

そこにはある種の潔さが漂っているような気がするのは、

いささか美化しすぎでしょうか。

 

こうしてスポーツ選手のことを書いていてふと気付きましたが、

私たちのような凡人はたとえしくじっても、人生を様々な形で

過ごすことができますし、多少であればやり直しもききます。

たいそうな生活を望むことは叶わないでしょうが、

なんとか暮らしていくことはできるでしょう。

たとえ凝縮された人生でないとしても、その人生の長さを考えれば、

少しくらいダラダラと過ごしたとしても罰は当たらないでしょう。

 

それが何の取り柄もない凡人の生きる術なのかもしれません。

 

それではまた。

 

中年の学び直しは放送大学で始まった

こんにちは。

しくじりおやじです。

 

かつて心理的危機の状態に陥った頃、読書のありがたさを感じたことで

心の回復と再生を図ることができました。

だんだんと本を読むだけでは済まなくなり、

きちんと勉強ができる環境がほしくなりました。

 

そこで、通信教育でおなじみの放送大学に入学しました。

放送大学には心理学、臨床心理学のコースがあり、

これらの勉強がしたくなったのです。

 

世間ではあまり知られていないようですが、

放送大学文部科学省認可の私立大学ですので、

れっきとした大学です。

 

ただし、以下の点は他の大学と異なります。

・通信教育が基本

・通学しなくていいので、自分のペースで勉強できる

・入学試験がない(書類選考のみ)

・入学金、授業料が安い

・4年で卒業しなくて良い(最長12年在籍可能で再入学もできる)

・半年だけ、1年だけ在籍できるお試しのコースがある

・科目数が豊富にある(300科目程度)

・1科目から選択でき、選択した分の授業料のみ支払えば良い

・文系理系問わずに、好きな科目を選べる

・授業料の中にテキスト代が含まれている

・放送授業以外にも、全国の教室で直接授業を受けることができる

・学部は教養学部のみ、学部内に6つのコースがある

・その分野で有名な先生が教えてくれる

 

このような様々な特徴があり、極めてユニークな大学といえます。

私は一人で勉強することに抵抗がないので、

放送大学のシステムは合っていたと思います。

 

大学ですので、授業の内容は初学者には難しい部分もありますが、

あくまで各分野の基礎教育に重点を置いているので、

独学でもなんとかついていけるのではないかと思います。

もちろんそれなりの努力は要請されますが。

 

放送大学で学ぶことの楽しさと深さを知り、

今もゆるゆると学習を継続しています。

そして、心理学の学習を通じて心というもののメカニズムを知り、

そのおかげで自分や他者と向き合う準備ができていきました。

 

好きなことを勉強するのに、終わりはありません。

気の済むまで学び続けることが成長につながるのだと信じています。

 

それではまた。

 

中年になっての苦しみ、そして新しく始めたこと

こんにちは。

しくじりおやじです。

 

36歳の頃、ふとしたことから人生のどん底

突き落とされたような感覚に陥り、初めて自殺願望が沸きました。

それまでは気づいていなかった自分の脆さにぶつかり、

死んでしまいたいと思うようになりました。

 

それからというもの抑うつ的になり、

何をしても楽しめず、ただただ辛い日々でした。

その後に入った会社では職場に溶け込めず、

仕事そのもののストレスと人間関係で人生に嫌気がさしていました。

親や友人たちには死にたいと漏らし、呆れられていました。

この時期にバタバタと友人を失いました。

 

そう、その頃の私は、悪い部分が一気に表面化してしまい、

何もかもうまくいかない状態だったんです。

 

そんな時に、ふとカメラを持って山に行きました。

大自然の写真を撮ってみたくなったんです。

元々映像が好きで、映像制作の仕事をしていたこともあり、

動画から写真に移行したような感じです。

 

とても気分が解放されるようでした。

人のいない場所に行って、おもむくままにシャッターを押す。

そして自然と向き合う時間を作る。

 

こうした活動を定期的に行っていましたが、

どんどん心は引きこもっていき、人との接触は苦手なままでした。

 

その時期に自分の顔をカメラで撮ったりしていましたが、 

まあ生気がないことこの上ないです。

表情が乏しいんです。

 

写真を撮ることにも少しづつ飽きてきた頃、

今度は図書館に行き始めました。

 

その頃、是が非でも知りたかったのは、

自分は一体どうしてこんなに生きづらいんだということでした。

とにかくその頃は人が極度に苦手になってしまい、

常に不安を抱えていました。

 

藁にもすがる思いで、 本を読みたくなりました。

そこで、心理学関係の本を読むようになりました。

読んでいくうちに、なんとなくわかることも出てきました。

それが嬉しくて、どんどん読書にハマっていきました。

それこそ、藁にもすがる思いで本を読みました。

 

本は確実に私を救ってくれました。

いや、もっと言えば本しか当時の私を救えなかったことは疑いようがありません。

 

人間がある種の心理的危機に陥った時、人間だけがその危機を救えるのかというと

そんなことはないと思っています。

むしろ人がいることで、阻害されてしまうこともあるのではないでしょうか。

近づかずに、そっとしておいた方がいい場合もあると思います。

 

人間はピンチに陥ったとき、弱った自己を回復させよう、

再生させようという機能を有していると思います。

私の場合は人を介さないことで自らの回復機能を活性化させ、

深い洞察に達することができました。

そこから再生が始まりました。

 

もちろん状態によっては医師やセラピスト、カウンセラーといった

専門家を介さないと危険なこともありますし、

人と接することで救われていくことも当然ですが必要なことです。

要するに段階を踏まえていくことが大切なんだと思います。

 

こうして再生を深化させるべく、私は知る機会を更に求めるようになりました。

 

それではまた。

 

私の性格

こんにちは。

しくじりおやじです。

 

今回は私の性格について書きます。

しくじりと性格には密接な関係がありますので、

自分の特徴を把握しておくことはムダではありません。

 

私が自覚しているマイナスの性格といえば、ざっとこんなところです。

・神経質(些細なこと、細かなことへのこだわりが強い)

・自意識過剰(起きたことをいつまでも気にする)

・臆病(内気)

・ナイーブ(傷つきやすい)

・自己中心的(他人を愛せない、自己追求的)

・理屈っぽい

・冷めている(多数のヒト、モノに対して)

・依存的(特定のヒト、モノに対して)

・人見知り

・人の顔色ばかりうかがう

・飽きっぽい(長続きしない)

・自分の意見を言わない(自己主張が苦手)

・内弁慶

・将来についてのビジョンがない

・ネガティブな面が強い(悲観的)

・不安を抱きやすい

抑うつ

・易怒的(腹が立ちやすい)

・内向的(単独行動を好む)

・時間にルーズ

 

順不同で挙げてみましたが、ざっとこんな感じでしょうか。

性格を細切れにしてみると、マイナスの部分だけでもこれだけ出てきました。

タイプが異なるものもあれば、似たようなキーワードが並んでいたり

することもありますが、これらは自覚している大部分と言えます。

 

これらの性格は、元々備わっているものもあれば、

最近自覚したものもあります。

 

元々備わっているものについては、人生においてマイナスの要因と

なってきたものですので、強く感じています。

 

最近自覚したものについては、カウンセリングの学習や

専門家の心理検査を通じて知るに至ったものですので、

自分ではあまり気づいていませんでした。

薄々はわかっていましたが。

 

さらに、こうして並べた性格を分類してみると、

・人に対する恐れ

・ヒト、モノへのとらわれやすさ

・心が冷めている部分

・関心が自己に向かう部分

といった4つの大枠(性格特徴)にあてはめることができます。

 

一概には言えませんが、しくじりさんには、

おそらくこうした性格特徴が潜んでいるように思います。

 

そしてここからが重要なんですが、

問題は、こうして把握している性格にどう対処すべきか 

ということです。

 

こうした性格をわかっているだけでは、残念ながら進歩がありません。

やるべきことは、自身の性格特徴を踏まえた上で、どう行動するかです。

 

性格という内に抱えた特徴を生かすも殺すも本人次第です。

 

プラスの特徴であればもちろん生かすべきですが、

マイナスの特徴であれば、あまり放置すべきではありません。

またもやしくじるかもしれません。

やはり、早めに減らせるようにするのが得策でしょう。

 

性格はなかなか変わらないと思います。

そうであれば、少しでも目立たなくなるように気をつけることが、

しくじり克服への近道だと思っています。

 

わたしの近況ですが、

昨年、自意識過剰にはっきりと気づいて、

それを減らせるようになってからというもの、

ずいぶん生きやすくなりました。

40代になってからでも性格を少しづつですが、

変えることはできます。

諦めずに頑張りましょう。

 

それではまた。